『風の影』シリーズが日本でも話題になったカルロス・ルイス・サフォンや、今年4月に邦訳版『祖国』が出版されたフェルナンド・アランブルなど、世界的ベストセラーのスペイン小説を数多く日本語で紹介してこられた、スペイン語翻訳者の木村裕美さん。コロナ禍で旅行ができない今こそ、小説の中で海外の空気を感じる醍醐味について、エッセイをお寄せいただきました。

エッセイ

小説と風景

 

 

ここ数年、スペインの現代作家の作品を次々と日本に紹介しておられる木村榮一氏。もともとはラテンアメリカ文学がご専門の木村氏に、スペイン文学との出会いを語ってもらいました。

 

 

スペイン文学との出会い

以前勤めていた神戸市外国語大学は、アルカラー大学と教員の交換協定を結んでいた。その関係で4、5年に一度向こうで日本語の授業を担当していたのだが、10年ほど前に赴任したときに、ハンガリー語の先生マルタさんと親しくなった。いかにも東欧の農婦といった感じの彼女は、豪放磊落な性格で、少しおっかないところはあったが、誰からも愛されていた。本来は語学の先生なのだが、文学書もよく読んでいたので、ぼくとは話が合った。ある日、教員控え室で顔を合わせると、突然向こうからこう切り出した。